第一回 企業と研究倫理

はじめに

東京大学医学部 研究倫理支援室では、研究倫理を取り巻く現在の動向を調査し、今後の研究倫理はどうあるべきかを検討するため、様々な業界の有識者へのインタビューや対談を行っています。インタビューの内容は、当ホームページを通して公開していきます。

第1回目は、民間企業(医療機器メーカー)の倫理担当者からお話を伺いました。その内容を整理して、以下、Q&A形式で掲載いたします。

1. 企業における研究倫理とは?

一般的に、企業における「倫理」には、企業活動で求められる「企業倫理」、技術者が求められる「技術倫理」などがあります。これらに加え、医療分野の研究開発にかかわる場合は研究参加者の保護を配慮し公正な研究を行う「研究倫理」にも留意しなければなりません。

2. 御社ではどのように対処していますか?

医学系研究を行なう際に当社においては、厚生労働省等が定める各種ガイドラインに従い倫理委員会を運営しています。この委員会で医学系の研究開発が、倫理的・社会的・科学的に妥当かを審査しています。

3. 特に研究倫理を遵守すべき企業は?

直接的に人間の生命や健康に関わるサービス、製品を扱っている企業は、研究方法や研究姿勢においても、細心の注意を払う必要があります。製薬会社や医療機器メーカーは最たるものです。一方、コンシューマー向け製品であっても、研究開発の方針・方法によっては怪我や体調不良を引き起こすなど何らかのリスクがあると想定し、研究倫理審査の対象となります。例えば、ゲーム機など映像視聴の研究であっても長時間使用の視聴やコンテンツの性質によっては身体に影響を及ぼす懸念があります。

4. 研究倫理を遵守しなかったことによる企業の“リスク”とは?

研究開発における倫理観の欠如の結果、最終的なサービスや製品が、利用者に不利益や生命・健康被害をもたらしてしまった場合、損害賠償など金銭リスクと同様に「企業イメージ」への影響が考えられます。企業イメージやブランドは、何十年もかけて作られるものです。それが、たった一つの不正な研究によって台無しになることは、当然あってはなりません。適正な研究倫理のプロセスを経ておくことは、最低限、企業にとっての保険とも考えられます。

5. 適正な研究倫理のプロセスを守るために必要な体制とは?

製薬会社や医療機器メーカーのように、生命・健康に関わる製品を扱う会社は、治験審査・倫理審査委員会といった体制を持つことが最低必要条件です。最近では、ビジネスの流動化、拡大を目途に、生命・医療・介護のビジネスに参入するケースが増えています。そのようなメーカーでも製薬会社や医療機器メーカーなみに遜色のない研究倫理を遵守する体制の検討が今後求められるのではないでしょうか。

6. 企業が倫理委員会を持つメリットとデメリットは?

企業が自社で倫理委員会を持つメリットとしては、研究開発への効率的な対応やリスク管理に留まらず、将来を見据えた高い研究倫理を全社的に根付かせ、製品への信頼性を高める根底となると考えられます。
一方で、デメリットもあります。公平性・中立性を担保するために、自社内運営に加えて外部の有識者の指導、指摘を進んで受けることが出来なければならない、すなわち、閉鎖的な運営にならないよう気を配る必要があります。
ビジネス規模に見合った体制とすることも不可欠で、自社で抱えることによるコスト面や開発スピードなど競争力といった点にも目を向けなければなりません。まとめると適正で必要な対応を見極めるバランス感覚は大事だと思います。

7. 倫理委員会をアウトソーシングすることは?

企業が開かれた倫理委員会を運営するためには、知見を持った専門家に委託するなど、倫理委員会のアウトソーシングも選択肢の一つとして考えられます。
そのメリットは大きく分けて3つあると思います。
1つ目は「多様性」。特定領域の企業ならその分野の知見しかありませんが、異なる分野の知見を取り入れることによって多様な側面から案件を判断できます。2つ目は「専門性」。より高度な知見を持つ専門家にチェックしてもらうことは案件の質を高めます。3つ目は「信頼性」。万が一事故が起こった場合、研究倫理審査が社内だけで良かったのかどうかという問題が起こりえます。第三者に依頼することは案件の信頼性を担保することにつながります。

専門的知見を持ち信頼できる第三者のチェックを受けるということは、企業にとって「情報隠ぺいの防止」にも役立ちます。昨今の自動車メーカーのトラブルを見ても、トラブルを起こしたことより、不都合な研究データを隠ぺいしたことが大きな問題になっていますから。
企業の生い立ち、ポリシー、規模により個々に倫理委員会の運営方針は様々であり、一方、第三者の持つ専門的な知見は必要不可欠です。全体のビジネスの置かれた状況を判断し例えば被験者への配慮が特に必要な研究については上記3つのポイントを効果的に活用しうる、より質の高い外部の倫理委員会へ依頼するような使い分けも有効だと思います。

8. 第三者に大切な研究内容を明かすのは、企業として抵抗はありますか?

企業として重要な研究の内容を外部の機関に提供することには、何らかの抵抗があることは事実で、機密保持契約の必要性もあります。倫理委員会のアウトソーシングについては、将来、起きうる状況であることは認識しています。先に述べたように各企業がこのようなモデルケースの必要性と企業の持つ懸念への対応を両立する体制が構築されるよう、関係する方々と更なる協力を進めたいと思います。

おわりに

今回は、民間企業(医療機器メーカー)における倫理委員会マネジメントの最前線にいる方からお話を伺うことができました。お話しによれば、近年、製薬会社・医療機器メーカーのみならず、あらゆる業種で品質管理問題やデータねつ造など不正やコンプライアンス上の問題が起こり、あらためて研究開発の段階から研究倫理の重要性が求められていることが分かりました。

 
企業の倫理委員会も社会から信頼を得るために、より一層の透明性・中立性・公平性を保つことが求められ、オープンな倫理委員会の設置と運営が必要であるというお話も伺えました。企業側も強い危機意識を持っていることの表れだと思います。